“VIDES MINE” in Italia

“Corriere della Sera”(コリエーレ・デッラ・セッラ)は、1876年から続く、ナポリ発でイタリアで最も歴史が長い新聞です。バチカンニュースでは、教皇フランシスコが、コロナウイルス期間で活躍している医療従事者たちに向けて、感謝のメッセージを送りましたが、一方で、“Corriere della Sera”でも、ウイルスが猛威を振る中での人々の活躍を取り上げています。その中で、サレジアンシスターズの活躍の姿が、今回取り上げられました。

そこで紹介された活動は、VIDED MINEです。以下の画像にある記事によれば、VIDES MINEは、1990年代に正式に認可されたサレジアンシスターズと、信徒たちによる活動ですが、1980年代から、道端にいる若者たちに対して働きかけ、活動をしてきたとのことです。

VIDES Mineがトリノで配分した食事など。(写真 : Corriere Della Sera. 2020年6月16日より)

2020年3月から約3か月の間には、約400人(オンラインでは350人と発表)の人々を助け、適切な衛生環境の提供などを実施しました。ボランティアの一人であるSr. Monica Schiraldiによれば、VIDES Mineが中心的に活動する、トリノ北部郊外のValletteでは、イタリアの中では、中心部から離れ、奥まった場所となっているとのことです。そこには、家族の問題を抱えた多くの子供たちがいるそうです。移民も多く住んでいますが、貧困層の3分の1がイタリア人となっており、潜在的に貧困層が多く、オンライン環境がない関係で教育が受けられず、さらに大人もロックダウンの中で、孤独に過ごすことが多いのが現状です。イタリア語のみとなりますが、詳しくはこちらもご覧ください。

しかし、VIDES Mineは、ロックダウン中、現地のSave The Childrenなどの協力のもと、多くの子供たちに対して、手を差し伸べることができました。

私たちも日本において、VIDES Mineの活動として、Happy Houseを実施しています。ここでは、約4組の子供たち、お母さんに対して、食事、心温まる環境を届けることを目的に活動をしています。コロナウイルス期間は、家族に対して、食事の配達も実施しました。

私たちも世界中で人々を少しでも助けようとしている活動に感化され、私たちのできることを探し、実践できればと思います。

Corriere Della Seraの記事 : 2020年6月16日

VIDES JAPANの歴史(2015-20)

2015年

Bosco International Cultural Center (BICC)を創設。
背景としては、対象の子供たちの成長と増加が挙げられ、
その結果、学年別に2つ以上の教室が必要になったことも
挙げられる。
また、子供たちがアンコールワットを始めとする、
クメール文化に誇りを持ち、文化的成長ができるため、
公益財団法人Kibouと協働し、KFCCという
カンボジア子供基金を開始する。
また、大学生から30歳程度のメンバーで構成される、
VIDES YOUTHも結成され、商業施設のVIDESと協働し、
第一回スマイルフェスタを開催する。

2016年

イタリアのローマにあるSalesianum(サレジオ会本部)で
VIDES国際大会が実施される。日本の活動について、
英語で発表を行う。
VIDES YOUTH主体で、第二回スマイルフェスタが実施され、
ハロウィンフェスタとして、赤羽の商業施設のビビオと
共同実施をした。
Bosco Bakery Schoolは10周年を迎えた。
一名の赤羽教会の中学生の持つ社会背景との出会いから、
ハッピーハウスの活動を開始。
最初は、数名のボランティアの養成からスタートし、
徐々に子供が増え、2組のフィリピンの家族が参加。
赤羽で活動の宣伝を実施する。

2017年

サレジオ会の総長の来日を受け、VIDES JAPANの活動を、
紹介する。
VIDES YOUTHが、VIDES KOREAを訪問する。
高校生によって構成されているVIDES JUNIORが、
初めてクリスマス会を主催する。

2017/18年

東アフリカのマラウイの給食支援を実施する、
NPO法人せいぼの支援のもと、ハッピーハウスの食事費、
一部の活動費の援助を受ける。
VIDES 広報部(PR部門)を設置し、ホームページ、
Facebookを開設することで、国内、国外へと
情報の共有をする環境を整える。
VIDES YOUTHは、VIDES 静岡を訪問し、バザーに参加。
VIDES YOUTH自身での商品の開発を行い、
独自で活動費を賄う工夫を開始。

2019年

東アフリカのマラウイの給食支援を実施する、
NPO法人せいぼの支援のもと、ハッピーハウスの食事費、
一部の活動費の援助を受ける。
VIDES 広報部(PR部門)を設置し、ホームページ、
Facebookを開設することで、国内、国外へと
情報の共有をする環境を整える。
VIDES YOUTHは、VIDES 静岡を訪問し、バザーに参加。
VIDES YOUTH自身での商品の開発を行い、
独自で活動費を賄う工夫を開始。

2020年

40代~50代で構成されるVIDES Middleが誕生。
VIDES InternationalのデレガータであるSr. Annecieを迎え
セミナー、日本の活動についての発表を行う。

VIDES JAPANの歴史(2009-14)

2009-2010年

Bosco Bakery Schoolが進展を大きく遂げ、
観光客用の「メコン・エクスプレス」というバスにも、
パンが乗せられ、都市部へも運ばれるようになる。
日曜日の子供たちへの教育ボランティアが、
Bakery Schoolの敷地内で始まる。
ワットポー村の10歳前後の子供たちが中心対象となる。
トヨタ財団の助成金対象となり、Bosco bakery Schoolの
支援を受けるようになる。
ピン・ピャクデイさんの呼びかけから始まった、
Bosco Sunday Schoolは、毎週日曜日の活動となり
朝7時30分から、英語、環境について、衛生管理を学び、
子供たちの居場所となるようになっている。

2011年

「VIDES JAPAN 特別災害援助プロジェクト」を立ち上げ、
東日本大震災の支援金を募集する。
フレンドシップが、「東京都社会福祉委員会会長感謝状」を
東京都より受諾する。
静岡VIDES ACADEMIC ACTを開催し、チャリティ活動、
ボランティア活動を紹介し、来場者から27,089円を
寄付として徴収した。
ワッタ・ナ(Bakery Schoolの製造チーフ)が来日し、
パンの製造と管理研修を実施する。
福島県浪江町に対して、支援プロジェクトの資金を送金。

2012年

浪江町の泉田夫妻に対して、自動車の提供を実施。
総会では、首都大学東京の教授を招き、
放射線についての正しい理解を促進した。
「ハンドオブエンジェルズ」が、手作り品を定期的に作成し
浪江町へ送品をする。
Bosco Bakery Schoolの卒業生は、この時点で15名となり、
日本の技術者から受けたフランスパンなどの作成技術を
身に着ける学校として発展した。

2013年

イタリアでVIDES国際大会が開かれ、
カンボジアから、ピン・ピーロンも参加。
国際大会では、BSSの活動報告も実施された。
目黒星美小学校が、「愛のポシェット」を、
カンボジア現地に実際に訪問し、贈呈。
BSSの生徒は、50名となり、目黒星美小学校からの援助で、
平日も午後と午前に分け、授業を実施している。
授業は、ポー村小学校から先生を招き、実施中。

2014年

20周年を迎え、Sr. カプートが来日し、
静岡、大阪、東京を訪問。さらに、静岡サレジオ、
大阪星城、星美学園小中校、短大、目黒星美学園を訪問し、
青年との交流を持った。
イタリア異文化の旅は、14回を迎えた。

VIDES JAPANの歴史(2004-08)

2004年

Japan-Cambodiaセンター落成式を実施。
JACAMセンターは、プノンペンに設立され、
国際ソロプチミスト様の支援で、
海外からのボランティアの受け入れ場所として機能。
同年には、ピン・ピロン、オウ・ウッサさんが、
星美短大を卒業し、滞在記を記録した。

2005年

オウ・ウッサさんのベーカリースクールの生徒や、
現地の尽力があり、カンボジアでベーカリースクールを
開設するための動きが誕生
サレジアンシスターズのテクラター支部の発展で、
カンボジアプロジェクトが大きく進展する。
また、カンボジアのVIDESの活動のために、500ドルを送金。
その金額は、チェレ小学校での奨学金制度に使用され、
8人の子供たちが、2005~2006年において、
中学校に通うことに繋がった。
カンボジアのボランティアとして、女子栄養大学の生徒を
多く受け入れ、レポートを作成する。
国際連合創設50周年を記念し開かれた1995年における、
北京の世界女性会議から、2005年で10年となり、
その記念として、女性のエンパワーメントに、
VIDESとしても、大きく尽力したいという気運が高まる。
その結果、カンボジアに加え、ボリビア、タイにおいて、
少数民族の女性たちの支援を拡大する。
ボリビアはアイマラ族、タイは北部の山間部の女性に対して
支援を広げることになる。

2006年

山梨県の山中サレジオ山荘の運営がスタート。
パン窯を取り付けるための作業も開始される。
VIDES NEWSがカラーとなり、支部ニュースも加わる。
VIDES大阪は、関西キリスト教連絡協議会と共に、
外国人の皆さんのサポート含め、フリーマーケットを開催。
VIDES CAMPO(畑)の活動が定期的となり、
週末に、畑仕事の体験が可能になる。

2007年

タイのアジア会議に参加。
準会員制度(ジュニア)を開始。
赤羽と調布支部が合併し、東京支部となる。
山中山荘では、多くの宿泊客の受け入れを開始し、
ドイツからの音楽留学生、ブラジル人司祭共同体など、
多くの人々との交流、イベントの企画の場となった。
また、山中山荘では、イタリアフェスタも実施した。
11月に、カンボジアのパン工房の落成式も実施した。

2008年

Bosco Bakery Schoolが開校。
大阪は国際ソロプティミスト大阪みささぎ様のお力添えで、
管区本部の養成から、ミャンマーと、中国四川省の支援、
そしてセブ島の職業訓練所の学生4名に対しても、
支援金を送る。
16活動が、調布と赤羽が合併後、軌道に載るようになる。
VIDES静岡は、ラウラビクーニャテクニカルスクールを、
ネグロス島で訪問する。
さらに、学生のスタディツアーも実施した。

VIDES JAPANの歴史(1999-03)

1999年

“YES フィリピン”を通して、学資援助などを開始。
クッキーを現地に送るなどの活動も実施。
VIDES MINEとして使用してきた施設を、
緊急宿泊施設として開設。 
MAC LOVEでの情報発信を開始。

2000年

VIDESが16活動となる。
第1回の海外ボランティアが派遣され、
レポートを作成する。
FMAフィリピン管区へのボランティアも派遣。
カンボジア支援1ドル募金の実施。

2001年

17活動に進展する。
緊急援助を目的とするVIDES HELPが開設。
海外留学生の援助事業の本格化。
プノンペンにある、ドンボスコスクールへ、
ボランティアを派遣し、料理などを通して、
交流を図る。1ドル募金も継続的に実施。
VIDES福島の田植えのプロジェクトも継続。

2002年

インドチェンナイでのセミナーに参加。
タイ北部では、NGOメーコックファーム様と共に、
麻薬患者、その家族の保護に関わる。
また、VIDES NEWSでは、マザーシップの活動への
レポート、感謝の言葉も掲載。
青年の海外ボランティア報告も充実した。
ローマの国際会議は、イタリアで開催され、
テーマは「VIDESと人権」となっていた。
また、Sr. 山口を通して、ボリビアの就学支援も。
VIDES静岡では、フィリピンのマニラとネグロス島で、
就学支援を実施している。
VIDES静岡ニュースも、当時は発行していた。
(VIDES NEWSも、春と秋の二回で発行していた)

2003年

カンボジアへ20万円の寄付を送金。
北町教会から、手作り募金箱と、募金を頂く。
チェレ村での子供たちの様子を、北町教会の子供たちに
伝える講演会を実施。
VIDES調布でも、イタリア料理教室を実施。
VIDES大阪は、ボリビアとフィリピンへの物資提供。
国際ソロプチミスト大阪様を通して、フィリピンの
女性開発トレーニングセンターへの寄付を実施。
それらの寄付は、現地の女学生の奨学金となる。
VIDES静岡では、フィリピンのストリートチルドレン
支援のためのVIDES CAMPに参加。

VIDES JAPANの歴史(1994-98)

1994年(発足年)

12月17日~18日の二日間をかけて、
日本管区の発足会議を実施。
フィリピンのボランティア経験のある1名、
海外ボランティアの経験を持ったメンバー、
同窓生を含めて、4名での出発となった。
福音の分かち合い、組織運営の基礎の構想作り、
在日フィリピン人の方々との交流も実施。
フィリピンの方々のクリスマス会に参加した。
この際は、赤羽教会での実施となっていた。
また、VIDES NEWSの第1回の発行が行われた。
分かち合った聖書箇所マタイによる福音書/ 25章 35節お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、
第一回定例会フィリピン研修の報告会を実施。
マニラで

1995年

アジア・サレジアン・ユース・デイに参加。
フィリピンでのワールド・ユース・デイにも参加し、
タイ、フィリピン、香港、パプアニューギニア、
日本か1,500人が参加した。
マニラのスモーキーマウンテンで働く、
FMAの支部にも訪問。
調布、静岡でVIDESの紹介の講演を実施。
ドイツでの国際会議に出席。
Sr. Maria CostaのRistranteが開催された。

1996年

国内のボランティア活動、活動企画が、
大きく進展を遂げた。
新年会の実施、大分へのボランティア派遣、
北区の障害者の人々との交流を持った。
チャリティコンサートの実施。
フィリピンの子どもたちのための、
「ミニミニコンサート」も実施した。
VIDES合唱団のCoro VIDESの会員の募集。
フリーマーケットを赤羽公園で実施開始。
リストランテは、参加者が増え、
ボランティアを急募した。
VIDESのホームページが開設された。

1997年

VIDESセンターが開設。
ファミリーコンサート、カンボジア研修。
星美中高、短大の星美彩の出店。
クリスマスコンサートの実施。
(ここまで、10種類の国内活動が定着)

1998年

10回目のランチショップの開催。
福島での自然体験セミナー。
静岡、大分、大阪、別府、調布の支部が、
活動報告を開始。
イタリア文化愛好会が開始され、Sr. Maria Costaと
イタリア料理の教室が行われている。
VIDESカルチャーが開始され、Young Festivalのため
練習を行った。
新宿の自立支援ホーム(マザーシップ)も開始。

VIDES- Un Progetto Per Giovani

2020年、イタリアのヴェローナでVIDESの歴史について書かれた”VIDES- Un Progetto Per Giovani”が出版されました。この著書は、前VIDES InternationalのDelegataであるSr. Maria Grazie Caputoによるもので、1983年からのVIDESが誕生する前の歴史から、詳しく書かれています。

今回、この本の第一章である “La Storia Delle Origini”を、簡単に要約し、普段あまり情報がない「VIDES前史」の部分を共有させて頂ければと思います。すでに、現VIDES InternationalのDelegataで、2月に日本に来日した、Sr. Annecieから頂いた情報で、こちらからVIDESの歴史についてみて頂くことはできますが、それに加えて、参考にして頂ければと思います。

VIDES前史(1983年~86年)

VIDESの初代DelegataのSr. Maria Grazie Caputoによれば、1983年~1986年までを、VIDESの”la preistoria”(前史)としています。その「前史」が始まるのが、イタリア北部のトリエステです。(当時は、どこで主に活動をしていたかは、書かれていない。)ここには、CENTRO ITALIANO OPERE FEMMINILI SALESIANEという、女性教育の専門職が集まるサレジオ会の機関がありました。当時のイタリアの労働省と協働で、コンゴに対するボランティア活動を企画していました。その後、1986年、この専門機関の会議の主要なテーマとして、「女性のためのボランティア活動」が上がるようになり、VIDESという言葉が使用され始めます。

VIDESのボランティア形成期(1987年~1988年)

1987年、Sr. Maria Caputoは、VIDESのアイデアを持った状態で、その実行を移す場所を探します。最初の場所が、スペインのサンタ・クルス・デ・テネリフェとなり、ここでボーイスカウトとともに活動をします。彼女によれば、ここでスカウトと働いたことで、のちにVIDESのヨーロッパでの活動の主眼の一つとなる、市民活動がイメージできたとのことです。

1988年、スペインでの具体的な活動を終えたSr. Maria Caputoは、ローマで開催となった「イタリア管区間会議」(CII)において、VIDESの提案を実施しました。その後、多くの大学などの専門機関に対して、活動をする上で、助言などを求めました。さらに彼女は、ボランティア活動の正式認可のため、8月24日、モルネーゼを訪れ、ヨーロッパ中心の人々を中心とした活動が開始されます。最初のボランティアの場所は、ハイチ、ブラジル、コロンビアでした。

※1995年4月22日発行のVIDES NEWSによれば、1990年開催のローマ本部管区会議で、扶助者聖母会全体に対して、「国際ボランティアを通じての教育成果」が発表されています。

国際機関VIDESの誕生(1989年~1991年)

1989年~1991年、修道会で正式な活動となったVIDESは、国際機関の一部として、急激に成長を遂げます。1989年の段階では、Sr. Cauopoによると、ヨーロッパ全体での立場を固めるために、「研究」(studio)をしていました。(lo studio della proposta livello europeo e internazionale)

その際、Sr. Antonio Cholomboが大きなきっかけを作ったとのことでした。彼女は、当時のベルギーのフランス語共同体”Belgio francofono”に属しており、そこから国際連合の誕生国であるベルギーとの繋がりを作っていくことができました。また、Sr. Maria Caputoによれば、著書の中で、ベルギーが当時、ヨーロッパの中で、国際機関としての認可を受けるもっとも適切な国であったことに触れています。彼女は、同じく著書の中で、1989年のベルリンの壁の崩壊のことも触れており、当時のヨーロッパの政治的な不安定さも考慮した上での決断であったはずです。

ヨーロッパ情勢を鑑みながら、イタリア国内の支部の展開、ヨーロッパでの広がりを作った後、1991年、最終的にベルギーのブリュッセルにある、当時のEC(ヨーロッパ共同体)の本部から、承認を受け、国際団体として、認可を受けました。したがって、この1991年4月8日を、VIDESの誕生とするのが、妥当な解釈となると考えられます。

ヨーロッパでの拡大(1992年~)

その後、ポルトガル、フランス、スペインなど、多くのヨーロッパの国で、VIDESが展開を遂げていきます。その過程の中で、移民問題、貧困の課題と出会うこととなります。1994年には、クロアチア、スロベニアなどの東欧の政治的に不安定な国だった場所への展開、メキシコなどラテンアメリカでの展開が中心になります。

Giovani per i Giovani

そうした社会課題との出会いの中で、「多様性」、「移民」などのテーマに向き合うためのパートナーとして、若者が重要であることに注目します。また、その国独自の展開(livello locale)の重要性にも気づき、それぞれの国の若者が、若者のために働ける土台を作ることに力をいれるようになります。

VIDES JAPANの登場 (1994年)

そうした各国での独自の展開を活発化させるために、アジアでの展開が始まります。そのアジアの最初の国が、日本です。その日本について言及している部分について、以下で引用をしてみます。

La partecipazione al Convegno anima subito il belgio fiammingo a organizzarsi come gruppo VIDES e l’anno successiovo (1994) e il Giappone a iniziare un cammino di promozione del volontariato giovanile nel suo territorio.

(ベルギー及びフランス北東部で、開催された会議で、VIDES Groupとしての展開を決めた後、その翌年の1994年には、日本に行き、そこでは若者とともに、活動を展開していくための「旅」が、促進されていきました。)

また、この個所の注には、現在のVIDES JAPANのDelegataのSr. Paola InagawaとSr. Monica Takeishiの協力について述べられています。

1994年12月24日、VIDES JAPAN発行のVIDES NEWSによれば、1994年12月17日~18日において、第一回の集会が、赤羽修道院で開かれています。この情報とSr. Caputoの著書での日本に関する言及を合わせて考えることで、初期のVIDES JAPANが、既に本部に対して、存在感があったことが分かります。

以上のような日本での展開をきっかけに、VIDESの支部は、フィリピン、ベトナムなどに展開をしていきます。アジアが重要視された一つのきっかけは、国際連合主催で、中国において、1995年、世界女性会議が開かれたことも挙げられています。この際、VIDES JAPANからも参加者が出ており、その後の女性の人権、家族の援助などの活動の布石となっています。

※1994年~1998年のVIDES JAPANの歴史については、こちらで確認できます。また、それ以降についても、1999年~2003年2004年~2008年2009年~2014年2015年~2020年を、それぞれのリンク先で、閲覧可能です。

国際機関VIDESの今

1998年、ローマにVIIDES Internationalの本部事務所が設置され、バチカンの近くにあるこの本部から、多くの情報が発信されています。現在は、42か国の国々で活動を展開しています。新Delegataとして就任したSr. Annecieは、2020年2月には、日本に来日しており、詳しい情報は、こちらもご覧ください。

ここまでの歴史を概観することで、VIDESのアイデンティティが分かります。多くの国際課題を背景にして、各国の状況に合わせた展開をし、若者との協働を通して、ドンボスコ、マリアマザレロの精神を体現しています。

以上でご説明した内容より先の、VIDESの展開については、こちらのリンクもご覧ください。

以上で、リンク先も含めて閲覧いただくことで、1983年~2020年のVIDES JAPANの展開までの歴史を、外観頂くことができます。ここまでまとめることで、VIDESが国際機関として、カトリック共同体に大きな影響を及ぼしてきたこと、またそれと同時に、国際連合の動きと並行して、国際社会への存在感を強く持っており、その流れに日本の支部も位置付けられていることが分かります。

内容をまとめる作業自体が、社会変革を起こすことができるとは、VIDES JAPANの広報担当は考えていません。しかし、この情報を多くの人に伝え、次の国際社会で何が必要になるかを考えて、行動することが、次の時代を作っていくことになると考えています。

これからも、どうぞよろしくお願いします。